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彼女の記憶 [Short Story]

昔お世話になった先生と出会った、でも、別の子と勘違いされていて話がかみ合わなかった。そう彼女は話していた。その話を聞いて、一瞬ぎくりとしたのだが、そうなんだ、面白いね、その先生ボケたんじゃないの、と言葉を返した。彼女は、性格が丸くなっていた、年を取ると丸くなるんだね、と驚いていて、月日の流れを感じた、とか話していた。そこに疑問を抱いている点はなく、大人になった自分を感じているようだった。その姿を見て、私は安心するのだった。

それで良かった、と感じる私は、いつもそうなのだが、でも最近は、これで良かったのか、と自分に問い正していることが多くなった。当時の彼女のことを思い返すと、今の元気な姿か信じられないくらいで、今を前向きに生きているのだから、それだけで十分すぎるくらいだと思う。そう考えると、やっぱり、それで良かったんだ、という考えにたどり着く。

だが、何かしら、自分に言い聞かせているようだ。そんな風に思うと、彼女のことを一番案じてくれて、今の前向きさを作ってくれたのは、あの先生のおかげで、先生の努力を踏みにじっているかのようで、自分を責める気持ちが強くなる。やっぱり、そう思ってはいけない。ベットの上で長い間眠っていた彼女が、突然目覚めて、でも、その後手首を切ったりして、自殺しようとして。先生は色々調べてくれて、忘れもしない大雪のあの日、彼女に楽しい記憶を作ってあげよう、と説明してくれた時は、正直驚いた。仕組みを色々説明してくれたけれど、あまりにも専門すぎて、今でも理解できない。けれど、今を否定している彼女を戻すにはこれしかない、と強く説得された時は、何か熱いものを感じて、これだといけるのではないか、と思った。

彼女はこのことを知らない。無事に退院できてから随分経つ。彼女には話さない、という先生の方針を忠実に守ってきた。そうやって、ここまで来た。今更、方針を破ることはできない。

彼女との共同生活は、彼女に新しい記憶を入れてからの月日と重なる。随分長いんだな、色々な出来事が昨日のことのように感じるのだが。今があるのだから、私が色々考えたところで、何が変わるのだろうか、とも感じる。

彼女が私を呼んでいるようだ。
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